| 日野宿本陣跡・ふるさと博物館 〜2004.2.21〜 |
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●日野宿本陣跡(佐藤道場跡) |
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日野宿本陣であった、旧佐藤家邸宅。 入口の冠木門は、かつてあった長屋門の親柱・大扉・潜り戸の部分で、大正15年の火災の際に辛うじて焼け残ったものだそうです。 |
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冠木門を入ると正面に風格ある建物が見えます。特に式台の部分には格式を感じます。が、こちらからは入れません。建物の西側の土間から入館します。 |
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| 天然理心流佐藤道場跡の碑 | 切妻瓦葺の屋根 入母屋屋根の式台 |
| 土間の正面には広い部屋=広間が見えます。ここは、かつて彦五郎の執務室であったとか。蕎麦屋さんだったときに手が加えられているので、天井に明り取りがあるなど、現在はいくらか現代的になっています。 土間には、日野宿や本陣の歴史、彦五郎と新選組の関わりなどに関する数々の資史料と解説が展示されています。 中でも注目すべきは、彦五郎の日記で、現在解読作業が進められており、新事実も明らかになりつつあるもようです。楽しみですね。 また、現在、代々石田村の名主であった土方家(歳三の家とは親戚。現ご当主は土方智氏)が所蔵されている未公開史料(玉川、浅川の洪水に関するもの)が特別展示されています。土方歳三の生誕地石田の歴史・歳三が育った背景などを知る上で、とても貴重で興味深い史料です。(こちらの展示は、期間限定のようです。) |
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| 土間から内部を見る | 勝手(台所)の一部、道具類が展示されています |
| 靴をぬいで、広間に上がると、係りの方が本陣の概要・各部屋についての解説をしてくださいます。 広間の隣り(土間から見て広間の奥)にあるのが、玄関の間。本陣に宿泊する人は式台からここを通って奥に進むことになります。この間から奥はほぼ建築当時のままだそうです。 |
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| 土方歳三が昼寝をしたと言われる部屋 式台を上がったところの「玄関の間」 |
昼寝をしたのなら天井を見上げただろう・・・ ということで天井の写真などを撮ってみました |
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玄関の間の隣り2つは「控えの間」。 この部屋の奥には「下の間」「中の間」(現在は一間になっている)があり、かつてあった上段の間の襖に表具されていた太田蜀山人の狂歌が展示されています。
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| 市村鉄之助が暮らした部屋 | |
| 一番奥にあった「御前の間」「上段の間」は、明治26年の大火の際に家が焼失してしまった彦五郎の4男彦吉の養子先である有山家に移され、現存しているそうです。(有山家は非公開) ※日野宿本陣、佐藤彦五郎に関しましては、鈴藤さまのサイト(最新情報)でさらに詳しくご覧いただけます。 ※内部写真の掲載につきましては、日野市の許可を頂戴しました。 |
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| ●ふるさと博物館 日野市の自然や歴史・生活文化に関する資料の展示をしている博物館。 特別展「新選組のふるさと日野」展(12月12日(日)まで)が開催されています。 |
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| 展示物は地元日野に残る資史料が中心です。実物も複製もありますが、点数がかなりありますので、じっくり見たい場合は少し時間をとった方がいいでしょう。(展示品は随時入れ替えあり) 展示室の一角ではDVD「新選組のふるさと日野」を見ることができます。なかなかよかったです。(このDVDは現在1000円にて販売されています。2004.5.26追記) 印象に残った展示物は、会津藩公用方の書状。 上洛したままなかなか帰ってこない近藤に苛立った周助が帰国催促の手紙を送ったところ、「近藤は今、京都にはなくてはならない存在なので、帰国させるわけにはいかない」というような断わりの手紙が本人からではなく会津藩の公用方からきた・・・というわけらしいです。 周助先生、催促してたんですね。思い浮かんだのは田中邦衛さんのお顔でした(笑) それから、楽しみな展示予定があるようです。 5月8日〜12日の5日間限定で、近藤勇の写真(実物)と市村鉄之助が持参した土方歳三の写真(実物)が特別公開されるそうです。これは要チェックですね。(これも見てきました。レポは → こちら 2004.5.26追記) あと、こちら、売店も充実しています。多数の新選組グッズやお土産物がありますので、ここで購入するのが一番いいかも・・・デス。 |
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